研究調査

2012年度では、Collins・Brownら (1990) を始めとする認知的徒弟制の学習理論分野からの先行研究をふまえて、本研究ではこれまでに提案している「黒衣メソッド」を基盤にした大学講師と小学校教員の連携手法の独自性を確立するという論理的課題を第一のステップとする。より実践的な分析を行うために、小中学校と連携している他大学および研究機関の現職教員を対象とした科学教育プログラムについての実態調査を行った。

各機関が実施している科学教育プログラムのテーマおよび内容は多岐に渡る。そこで、第一の訪問先として、野外学習をテーマに2011年の震災後、我が国においても重要度の増している火山活動および災害教育を選んだ。訪問先は、近年、二回の津波の被害を受け、また現在、火山活動が活発であるアメリカのハワイ島を選び、異なる3つのレベル(教育委員会、研究機関、大学)の教員研修の実施者に聴き取り調査を実施した。インタビューはそれぞれ約1時間半程度行った(以下はその概要)。

 

教育委員会における教員研修:
ハワイ州教育委員会District Resource Teacher ジュリー・ウィリアムズ女史

ウィリアムズ女史は「Science resource teacher」と呼ばれる小学校教員であり、小学校教員に理科教育の研修会を実施する地域のリーダー的立場にあり、理科教育の研修と津波の災害教育を行っている。

研修の実施者として、ウィリアムズ女史が自ら意識している強みは、
「野外観察で地域の動植物をはじめ自然資源を紹介できること」、
「大学講師を招待した講座では、事前によりわかりやすくかみ砕いて紹介してもらえるようにコーディネートができること」、である。さらに、研修実施後も教員に自分の学校に戻ってから実際に授業を実施している様子や授業案をポートフォリオにまとめてもらっている。そのポートフォリオにコメントを寄せてフィードバックすることで、研修後の教員の資質向上を行っている。

ウィリアムズ女史が行っている災害教育 Teacher Training Workshops
http://www.hilo.hawaii.edu/~csav/nathaz/index.php

 

研究機関における教員研修:
Observatory(全米地質調査局)ジャネット・バブ博士

Observatory(全米地質調査局)ジャネット・バブ博士バブ博士は小学校教員の経歴があり、博士の学位取得後、National Science Foundation(全米科学財団)の助成で「Volcano Active!」と名付けた科学教育プログラムをデザイン、1995年〜2001年までの間、教員研修を実施した経験を持つ。現在はハワイ島の火山活動について一般の理解を広めるため、地質調査局のアウトリーチの一つである「Volcano Awareness Month」(今月は火山を知ろう)と名付けられた活動を通して小中学の教員を対象に
  • ハワイ島ボルケーノ国立公園における地質調査局の役割紹介、
  • 授業での局が提供する情報の活用方法、
  • 火山をテーマとしたハンズオンアクティビティのデモストレーション

の構成内容で研修を行っている。

研修の実施者として、バブ博士が自ら意識している強みは、
「科学的知識を噛み砕いて紹介できること」、
「実際のクラスですぐに使えるアクティビティを実際に見せることでやり方を習得してもらえること」、である。さらに、研修実施後も教員が自分の学校に戻ってから実際に授業を実施している様子や授業案をニュースレターに掲載するなど教員相互のネットワークを継続的かつ意識的に広げている。

バブ博士が作成した The Story of Hawaiian Volcano Observatory (PDF)
http://pubs.usgs.gov/gip/135/gip135_ebook.pdf

大学における教員研修:
ハワイ州立大学ヒロ校教育学部 ダイアン・バレット博士

ハワイ州立大学ヒロ校教育学部 ダイアン・バレット博士バレット博士は小学校教員養成課程の理数プログラムおよび現職教員の理数研修を行っている。研修の実施者として、バレット博士が自ら意識している強みは、
「Bloomのタキソノミーの基本を意識して授業プランに知識から評価までをバランスよく配置し、inquiry(探求活動)を重視していること」
「教材は身近なものから手づくりできることを紹介すること」である。

また、Place-based Educationと名付けられたプログラムの開発を通して、理科と数学の毛嫌いをなくすために教室ではなく、野外で実施する授業を広めている。例えば砂浜を教室とした数学や理科のプログラムを開発し、野外で実際の教員研修を実施している。

バレット博士が実践中の「数学はこわくない」
http://hilo.hawaii.edu/keaohou/2013/03/18/barrett-education/

第二の訪問先として、教材開発をテーマにキット教材とデジタル教材を重視した教育プログラムを選んだ。訪問先として、全米の20%もの小中学校にFOSS(Full Option Science System)教材を普及させているカリフォルニア大学バークレー校ローレンスホールと、シリコンバレーの中心に位置するサンノゼ州立大学を選んだ。

キット教材を使った教員研修:
カリフォルニア大学バークレー校ローレンスホール
FOSSカリキュラム開発担当者

全米の理科スタンダードの改訂に伴うFOSSカリキュラムの最終版の確認・修正を行う開発担当者のミーティングを参観した。また、開発担当者に同行し、FOSS教材を試行される理科授業を視察した。さらに、ローレンスホールにおいて開発担当者が自ら実施する教員研修を視察した。

FOSSの強みは、入念な事前調査に基づいた全米どこでも使える教材のプロトコル作りにある。新しく開発された教材は、ローレンスホールの近隣の小中学校教師にまず、無料で提供され、実践、評価、分析を経てさらに手直し、微調整が行われた後、各地域の教育委員会及び学校長にプロモーションされ、採択の判断が下される。開発担当者の提供資料(スタンフォード大学で行ったFOSS紹介のプレゼン資料)によれば、以下のプロセスを持つ。

  1. FOSSスタッフによる事前調査
  2. コース内容の策定
  3. 草稿(地域での試行→再検討→修正版→全米規模の試行→再検討→修正版)
  4. 内部修正(最終版決定へ)

FOSSカリキュラム開発担当者

デジタル教材を使った教員研修:
サンノゼ州立大学 リサ・ケリー博士

ケリー博士は高校の理科教員の経歴があり、博士の学位取得後、高校教員養成課程の化学プログラムおよび現職理科教員の研修を行っている。研修の実施者として、ケリー博士が自ら意識している強みは、
「常に学校で教える教員の環境を意識し、科学の研究と科学教育の研究との違いを意識する」
「通常は見えない科学の現象を視覚化して理解の普及につとめる」である。

また、molecular visualizations(分子の視覚化)というコンピューターアニメーションを使ったプログラムの開発を通して、化学授業のデジタル教材の普及を広めている。

サンノゼ州立大学 リサ・ケリー博士
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